この本この行: 読書メモと引用メモ


書評未満。読書感想文未満。
読んだ本のエッセンスと引用を、コンパクトに書き留めています。読書のきっかけになれば幸いです。
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カテゴリ:書評/読書メモ > ★★★★☆


読書メモ

2015年6月刊。
キャッチーなタイトルで思わず手に取る。

「できない人」は、自分の能力を判断する力が無いので、できる人と勘違いしてしまう。
「できる人」は、自分の足りないところまで気が回るので、自己評価が低くなりがち。
…と著者は言う。

タイトルのこと以外で、後半に書かれていたのが「一人になる時間も大事」だということ。
これは同感。


引用メモ

「ポジティブになろう」といったスローガンが世の中に広まりすぎたため、元々楽観的すぎる人、物事を深く考えない人による勘違いが横行している感がある。そういったスローガンは、元々ネガティブに考えすぎる人に向けたものなのである。(p.35)
能力の低い人ほど自分の能力を著しく過大評価しており、逆に能力のとくに高い人は自分の能力を過小評価する傾向があることを実証してみせた。(中略)
それに加えて、これら一連の実験によって証明されたのは、能力の低い人は、ただ何かをする能力が低いというだけでなく、自分の能力が低いことに気づく能力も低いということであった。 まさにこのことが、「なぜか仕事のできない人ほど自信をもっている」ということの理由といえる。(p.40)
群れたがる人は、相手の異質性を認めることができない。相手の感受性や考えが自分と違うことが気に入らない。そのままの相手を認めることができない。ゆえに、相手が共感してくれなかったり、賛同してくれなかったりすると、ムキになって相手を否定し、こちらに合わさせようとする。(p.155)
甘えというのは、相手と自分にズレがあることを受け入れず、一心同体であるかのように思い込もうとする心理である。幻想的な一体感を理想とし、それが持てない相手を自分の世界から排除しようとする。甘えが強く、自他の分離ができていないのだ。相手も同じように感じたり考えたりするのでないと気が済まない。
そのようなタイプは、もちろん自分の方もできるだけ相手に合わせようとする。自分も無理をしてでも合わせているんだから、相手もこちらに合わせるべきだという感覚を持つ。 ゆえに、合わせない相手に対しては「許せない」という思いが湧き、感情的な反応を示したりする。(p.156)
一人になることで、世界は狭まるどころか、逆に世界は広がる。本を読んだり、想像の世界に遊んだり、思索に耽ったりすることによって、想像力が飛翔し、さまざまな言葉の連鎖が広がっていく。
ゆえに、情報や刺激を遮断して自分に浸る時間をもつべきだ。ぼっちでいられる自律的な姿勢は逞しさのあらわれであり、カッコ悪いどころかカッコいいのだ。ぼっちをカッコ悪いとみなす風潮があるが、それを改める必要がある。(p.216)

薄っぺらいのに自信満々な人 (日経プレミアシリーズ)

榎本 博明 日本経済新聞出版社 2015-06-09
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4

読書メモ

2015年6月刊。断捨離本。

著者のように、最小限のモノしか持たない「ミニマリスト」(最小限主義者)という生き方は極端だとしても、「とにかくモノを減らす」ということのメリットは、十分に伝わった。
繰り返し出てくる「人は5万年前のハードウェアである」というフレーズが印象的。

「代理オークションサービス」というものがあったとは知らなかった。
落札代金から手数料は引かれるけど、手間いらず。これ、いいかも。


引用メモ

宿泊先の旅館に到着し、畳に寝転がったときの心地よさ。旅館の部屋はキレイで、モノも少ない。いつもぼくたちを煩わせている余計なモノがない。だから旅館は心地がよいのだ。(p.35)
捨てるときに、捨てて失うモノのことだけを考えるのではなく、捨てることで得られることに目を向けよう。(p.102)
いきなり捨てられなくてもいい。まずは、捨てられない理由を明らかにすることだ。(p.103)
ホコリは何度払っても溜まっていく嫌なものでもあるが、捨てるべきモノを教えてくれるサインでもある。ホコリが溜まっているモノは、必ず使っていない。(p.110)
モノを捨てることと、モノにまつわる思い出を捨てることはまったく別のこと。それがわかっていてもなかなか捨てられない、人の優しさだと思う。写真を手がかりにすれば、思い出はすぐに蘇らせることができる。(p.113)
家電を買うとついてくる、たくさんの付属品。掃除機についてきた一度も使っていないアタッチメント。よくわからないネジ。(中略)何に接続するのかも不明なケーブル類。今になって思うと、こういったモノを「いつか」必要になったときにちゃんと使えた試しがない。(p.119)
ぼくが使ったのは「Quick Do(クイックドゥ)」という代理オークションサービス。(中略)落札代金から手数料はかかるがめんどうな出品作業や、発送のやりとりなどはない。オークションの様子を見られるもの楽しい。すぐにまとめて手放せる代理オークションはとても便利だ。
(p.126 代理オークションサービスを利用して、すぐに手放す)
四角大輔さんの著作で紹介されていた「店を倉庫だと考える」発想はストックを減らすのに大変役立つアイデアだ。お店はあなたがモノを必要とするときのために、わざわざ在庫を置く場所を確保し、丁寧に管理してくれている倉庫。(p.130)
ぼくはめんどくさがりな「性格」ではなかったのだろうか? 変わったのはぼくの性格ではない。ただモノの数が減っただけだ。モノの数が減って、家事が簡単になったのだ。(p.187)
欲しいモノが特にない。これは、本当に最高の気分だ。(p.204)

関連サイト

150801 QuickDo
ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

佐々木 典士 ワニブックス 2015-06-12
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読書メモ

2015年4月刊。
東京大空襲(昭和20年3月)の数日前に米軍により撮影された、東京各地の鮮明な航空写真。

米軍の撮影目的は、大規模な空爆を実行する前の、緻密な空襲計画の立案であった。
この写真が撮影されたわずか数日後に、この写真に写っている大部分の地域が焼きつくされたのだというから、言葉を失う。

掲載されている航空写真には、施設名が細かく書き込まれていて、資料性が高い。
当時、一般に発行されていた地形図では、これらの軍施設は「改描(かいびょう)」により伏せられていたので、当時の地図からは読み取れない貴重な情報だと思う。
それにしても、東京にはこれほど多くの軍関連施設があったとは驚きだ。

当時の大規模軍施設の位置を現在の地図で確認すると、大規模公園だったり、商業施設だったり、自衛隊の敷地だったりする。
それらの場所は、今では「平和公園」のような名前になっている場所もあり、命名には意味が込められているのだとしみじみ思った。

歴史番組などでよく耳にする「東京は焼け野原になった」の意味を、視覚的に理解できる本。

引用メモ

米軍は(中略)昭和19年10月以降、空中写真の撮影をおもな任務とする日本上空への偵察飛行を実施していた。これから紹介する空中写真は、昭和19年11月から昭和20年7月までの期間に、B29を改造した米軍の写真偵察機F13から撮影されたものである。(中略)撮影目的は、綿密な空襲計画の立案だった。(p.5 はじめに)
屋根には白く線が引かれているのが目につくが、これは迷彩である。長大な建物を細かく区切って見せて空襲の目標となるのを防ぐ効果を狙ったものだが、この写真を見ればわかるように、米軍に対してどれほどの効果があったかは、はなはだ疑問である。(p.22)
現在と同じく、原宿には表参道がきれいな一直線を描いている。この写真は5月17日に撮影されたが、わずか8日後、このあたりも焼夷弾で焼き尽くされるのである。人々は明治神宮内苑や外苑、青山霊園を目指して逃げ惑ったが、炎や熱風に見舞われ、途中で次々力尽きていった。欅並木が整然と並ぶ表参道に逃れた人も多かったが、直線で道幅が広かったことが災いし、道路や熱風の通り道となった。炎の熱風が容赦なく避難民に襲いかかったのである。夜が明けた表参道の路面は、避難途中で猛火の犠牲になった焼死体で埋め尽くされていた。(p.86 新宿・代々木)

写真と地図でめぐる軍都・東京 (NHK出版新書 457)

竹内 正浩
NHK出版 2015-04-10
by ヨメレバ


読書メモ

2013年12月刊。
NHKの職員向け内部資料を市販用にアレンジした、時代考証の虎の巻。

「時代考証」とは、歴史ドラマや戦中・戦後のドキュメンタリーなどの制作時に「史的に余計なものを取り除く」作業のこと。

例えば、「座布団」は明治以降に普及したものなので時代劇では使うべきではないとか、馬の「蹄鉄」は明治に西洋から輸入されたので時代劇では NG とか。

知的な雑学満載で、歴史があまり得意でない私でも、とても楽しく読めました。
10,000ページを超えるという「考証メモ」を吟味して、文庫サイズで市販してくれたことに感謝!


引用メモ

ドラマの時代考証とは、番組で取り上げられる史実・時代背景・美術・小道具等をチェックして、なるべく史的に正しい形にしていく作業です。(p.21)
完全な史実ではないフィクションだからこそ考証は大事なのです。ドラマに求められるのは「正しい史実」ではなく「こうだったらいいな」というフィクションの面白さです。架空の世界をよりそれらしく見せるために考証ほど頼りになるツールはありません。(p.26)

考証要集 秘伝! NHK時代考証資料 (文春文庫)

大森 洋平
文藝春秋 2013-12-04
by ヨメレバ


読書メモ

2015年4月刊。
昔から存在する「道路」に注目して、多摩地域の各市町村について、明治初期と現在の地図で比較して、その移り変わりを味わう本。

多摩地区在住の自分には、土地勘のある場所が多くて、とても面白い。
すべての市町村で、過去の現在の2枚の地図が欠かさず載っているのもうれしい。

驚くのは、昭和初期の八王子の街の「巨大」っぷり。
昭和10年の立川の地図では、駅の北側の一部だけが街で、他は一面の桑畑だと言うのに、昭和5年の八王子の地図では、駅周辺にすでに巨大な街が形成されていて、その大きさにはただただ驚くばかり。

大正10年の時点で、多摩川にかかる橋は、東海道線より上流では、鉄道橋は日野まで、道路橋は青梅まで、ひとつも橋がなかったなんて、信じられない。

また、「街道名は本来『行き先表示』が原則」という解説には、大いに納得。
以前から疑問に思っていたことが解消しました。
今でも「八王子街道」は八王子には無いですもんね。


引用メモ

逆に目的地・大山からの視点で考えてみると分かりやすいが、大山からいろいろな方角に延びる道をすべて「大山道」と読んだら区別がつかないので、おそらく平塚道、江戸道などと呼んでいたに違いない。現在では道路の名称を1つに固定する傾向があるので、国道20号が神奈川県から甲斐国に入っても甲州街道と称しているようだが、本来それはおかしいのだ。(p.9)
ちなみにこの種の道(立川の江の島道など)は、終点までその道が通じているというのではなく、江の島道であれば、そちらへ行く人はこの道を利用する程度の意味である。(p.49)
街道名というのは、鎌倉へ向かう道はどれも「鎌倉道」であったように、最初はあまり移動しない地元の人がミクロの視点でそれぞれ呼んでいたため、場所により時代により異なるのは当たり前で、しかも交通の流れの変化も受けて変遷は著しかった。それが行動半径の飛躍的に広がった近代を迎えて徐々に固定化していったのである。(p.93)
現在では府中市内でも府中街道と呼ばれているのだが、街道名は本来「行き先表示」が原則であり、かつては川越街道と称した。(p.134)
この頃(明治26年)の多摩地域で都市らしい場所と言えば八王子が唯一の存在で、隣の(中略)といった町とは比較にならないほどの規模をもっていた。(p.58)
多摩川から採取された膨大な量の砂利が近代都市・東京のビルや鉄道の高架を今も支え続けているわけで、都心の高架を見上げながら、数万年前に大菩薩峠あたりにあった岩が流れ流れて今ここに留まっているのだなあ、などと考えれば日常の些事は気にならない。(p.93)

地図でたどる多摩の街道――30市町村をつなぐ道

今尾恵介
けやき出版 2015-04-01
by ヨメレバ

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