読書メモ

2015年2月刊。
昔の地図と鉄道の両方に詳しい今尾恵介さんの本。
建設当時の資料を紐解いていくシリーズの、京王線・西武線・東武線 編。

厚い本なので、身近な京王線のところだけ読もうと思ったら、面白くて全部読んでしまった。

京王線のルートが当初計画の甲州街道沿いから今のルートに変更されたのは、多摩川と浅川を別々に架橋するのが大変だったので、合流直後の下流側(今の聖蹟桜ヶ丘)を通るように変更した、という仮説が面白い。

西武線で一番最初に開通したのが今の西武国分寺線だったとは意外。
当時は国分寺〜川越間の直通運転で、しかも今の中央線と直通運転していたとは!
ほぼ南北に位置する両地点を一直線で結ばずに、くの字に曲げて入間川を経由しているのは、発起人が入間川町の人が多数だったから、らしい。


引用メモ

明治44年(1911)のこの時に現在線のルートがほぼ固まったようだが、もし当初のルートで建設した場合は中央本線と並走する形で不利なこと、それに加えて多摩川と浅川を別々に架橋する負担の大きさを考慮したのではないだろうか。浅川が多摩川に合流したすぐ下流側を現在の京王線が渡っているのは、この理由が大きいと思われる。(p.34 京王線)
京王は昭和12年(1937)5月1日には10か所の駅名を一斉に改めた。この改称の規模は空前絶後で、具体的には次の通りである。

四谷新宿 → 京王新宿
停車場前 → 省線新宿駅前
京王車庫前 → 桜上水
市公園墓地前 → 多磨霊園
関戸 → 聖蹟桜ヶ丘
百草 → 百草園
高幡 → 高幡不動
多摩川原 → 京王多摩川
横山 → 武蔵横山
御陵前 → 多摩御陵前
(p.46)
「犬猿の仲」の両者のホームが並ばされていたからこそ、今に至るまで池袋線と新宿線の相互で便利な乗り換えが可能になっている。具体的には池袋線が所沢駅の前後でSカーブで曲がりくねって接続したことで、本川越方面から池袋へ、また反応方面から西武新宿への乗り換えが同じホームで行なえる絶妙な構造になったのである。(p.150 西武線 所沢駅)

地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み: 関東(2)京王・西武・東武

今尾 恵介 白水社 2015-01-22
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