読書メモ

2015年3月刊。
セゾングループ、山一證券、中島飛行機など、かつて存在していた10の巨大企業の始まり、繁栄、そして終焉。

渋谷パルコ前の「区役所通り」を「公園通り」という名前に変えたのはセゾンだったとは。

指南役さんは物語をドラマチックに書くのがうまい。
短い文で、臨場感たっぷりな文体、好きです。


引用メモ

今でこそ渋谷のランドマークといえば、若い女性たちの聖地・SHIBUYA109を思い浮かべるが、1970年代から80年代にかけて、その位置にあったのは公園通りの「パルコ」だった。(p.126 セゾングループ)
それまで「区役所通り」と呼ばれていた坂道を「公園通り」と呼び名を変え、さらに道沿いに「VIA PARCO」の看板を掲げた。要は、渋谷駅からのアプローチもパルコの演出するアイテムの1つとして考えたのだ。
1973年6月、渋谷パルコがオープンし、同館は瞬く間に社会現象となった。(p.129 セゾングループ)
今では信じられないが、戦前の日本は飛行機大国だった。中島飛行機を筆頭に、三菱重工業や川崎航空機工業といった世界有数の航空機メーカーがしのぎを削り、ゼロ戦をはじめ、隼、飛燕、紫電改などの名機を世に送り出した。当時は民間航空機の需要が少なかったので、大半は陸海軍の軍用機だった。(p.187 中島飛行機)
絶滅企業たちには1つの共通点がある。それは――過去の成功神話に胡座をかき、気がつけば独善的になり、時代遅れになっていたこと。
それらの淘汰は、ほぼこれで説明がつく。(p.257 終章)

絶滅企業に学べ! 今はなき人気企業に学ぶ10の「勝因」と「敗因」

指南役
大和書房 2015-03-21
by ヨメレバ